リレーに関しては、まず詳しい説明が必要だと思います。
室内リレーは、4x200mリレーです。一人1周ずつ走ります。M40、M45、M50と各年代ごとに走ります。
あらかじめ、日本マスターズ連合に申し込む時に、リレーの出場希望の調査がありました。
申し込み時のリレーの希望者は
M40が6名
M45が3名
M50が2名
M55が1名
M60が4名
でした。
M40は1名が不出場になったものの5名で確定。
M45は、小高、保坂、柴田の最強メンバーで金メダルを狙いにいくため、池野に参加要請。
M50は、池野と野村は早くから参加表明したものの、メンバーが集まらず、どうしようかなと模索。
という始まる前までの状況でした。
日本マ連合は、
「リレーメンバーの編成は、申込時の希望者からコンデション等を考慮してチームマネージャーが現地で確定しエントリーします。」
という対応でした。
リレーメンバーの編成には、すごく不安を感じていました。よっぽど上手く対処しないと必ずもめると予想していましたが、案の定その通りになってしまいました。
まず現地で、「希望を出していないがリレーに出てもいい人」を探し調整しました。それについてはマネージャーにも報告して連携が取れていると思い込んでいました。
リレーメンバーオーダー用紙提出期限が24日11時ということだったので、それまでに何度もマネージャーと話し、途中経過も説明していました。
しかしマネージャーは、最終確認を選手には行わず、独断で締め切りを待たず23日に提出してしまいました。
マネージャーの言い分は
「選手が身勝手で本部に連絡に来ないので把握できない」
「基本、希望者を優先する」
「基本、同クラスで編成する」
です。
至極当然のことなのですが、もう少し選手とコミュニケーションを取って確認を取って欲しかった。少なくとも私のように色々と調整している選手もいたのに。
そして、マネージャーは重大なミスを犯してしまいました。
通常の大会の場合、リレーメンバー登録は6人行い、それ以外のメンバーでも大会参加選手であれば自由に出場可能であります。登録メンバーが最低2名いれば入れ替え可能です。
私は、相談なしにオーダー提出されたことには憤りを感じましたが、それでもメンバー変更可能であるので、当日なんとかなると考えていました。実際マスターズの場合、怪我などにより当日変更になる可能性は非常に大きいので。
しかし今回の大会ルールは、「24日に締め切り、メンバーは4人プラス補欠3名。これ以降のメンバー変更は認めない」というものでした。
大会プログラムにそれが明記してあるのに、私たち選手はもちろんのことマネージャーも理解していませんでした。
25日の当日、それが判りました。
リレーメンバーに関しては、私は走れる実力があるのであれば、M45でメダル狙いで走りたい気持ち半分、たー坊と約束していたのでM50で走りたい気持ち半分でした。
M50に関しては、私とたー坊、M55の西村さんと湯治さんの4人が揃い、M50+55チームで出れる段取りはOKでした。私が抜けることによりM50が出れなくなることがないように、M50の400mに出場していた島田さんに声掛けして補欠を了承して貰っていました。
M45に関しては、もともとの小高、保坂、柴田プラス、M45の小長さんがリレーに出てもいいよの了承を得ていたので、この4人のみメンバーに登録してありました。
そして当日の話し合いの中で、
「池野が絶好調で走れる状態であること」
「池野が抜けてもM50が4人で出場できること」
「小長さんの走力が劣っており、当初の希望者にも入っていないこと」
「最強メンバーで走りたいというM45メンバーの希望」
「それでいいと小長さんが了承してくれたこと」
を受けて、
小高、保坂、柴田、池野のメンバーでM45を戦おうとなったのです。ルールを知る前には・・・
たらればですが、この4人で走れば実際の優勝タイムより確実に速いタイムで走れていた計算になります。
しかし夢は叶わず、
M45は、登録メンバー4人で出場
M50も、池野、野村、西村、湯治の登録メンバー通りで出場
が決定しました。
しかもルール把握ミスの影響はこれだけではありませんでした。
M60も4人しかメンバー登録しておらず、補欠は登録していなかったのです。
そのため一人が急遽怪我のため、代わりのM60の人が出場しようとしましたが、認められず
結局M60チームは出場することさえ出来なくなりました。
他国のチームはすべてルールを把握して、とりあえず補欠は3名登録していました。
これがチーム力の差なのでしょうか?
これはルールを把握していなかったマネージャーの全責任だと思います。
さらに
M40のリレーにも問題は起こりました。
メンバー選考の最終決定に関して、選手任せにしていたせいで、
最終的に意見がまとまらず、当日タイムトライアルをしてメンバー決定するはめになってしまいました。
当初からリレー希望していた5名。その中には、わざわざリレーのために一旦帰国したけどまた韓国に戻ってきた者、リレーのためだけに韓国にやってきた者、リレーのために最終日まで滞在を伸ばした者もいます。
しかし当日の話し合いで決着がつかず(そりゃみんな走りたいよね)、2人がT.T.で決着をつけることになりました。T.T.で負けた者は応援する気にもならず、すぐに帰国したそうです。
もちろん選手自身にも、もう少しあらかじめ連絡を取り合っていれば良かったかなと反省点はありますが、
これも選手任せにせず、連合がせめてリーダーを決めるだとか、現地対応にせず、あらかじめ候補、補欠を決定していれば、リレーだけに韓国に来て走らずに帰国するという悲劇は起きなかったのではないかと思います。
ということで、M40もM45もM50もM60もすべて大きな問題が起きた上でリレーは始まりました。
私もすっきりしない気持ちは残りましたが、気持ちを改め、M50チームで楽しく走ろうと思いました。M55の方も2人おられるので、上位入賞はきびしいかも知れませんが、思いっきり頑張ろうと思いました。
M50メンバーは、1走池野、2走湯治、3走西村、4走野村です。
傾斜の大きい6レーンスタートなので、このトラックを走り慣れてる池野でいいポジションに着き、湯治が繋ぎ、オープンになる後半に西村、経験の少ない野村がアンカーでバトンを貰って走るだけの作戦です。
全11チーム参加で、日本は第1組です。第2組に強豪チームが入ったようです。
第1組スタート
「On your mark」,「Set」,「Ban!」
大外なので、全然内側の様子が判らず、ひたすら走ります。思った以上に体は軽く、足がよく動きます。直線でスピードに乗ったところで、カーブに入ります。
一旦登り、下って降ります。下るときに重力に引っ張られ、内側に入りそうになり、思わず「おっとっと」とバランスを立て直しながらカーブを回りました。
カーブの下りで再加速出来たので、最後の直線もスピードに乗りまくりでバトンパスです。
私が予想よりスピードに乗った状態で来たので、2走の湯治さん、加速が間に合わず、詰まるどころか、私は急停止ぶつかりながらのバトンパスでした。もったいなかった。
パスミスと大外コーナーを周る間に、カナダに先を行かれ2位になりましたが、湯治さんは流石にM55の60m銀メダリストです。2位のまま繋いで3走に。西村さんも2位をキープしたまま、アンカーたー坊に。たー坊も限界まで出し切り、ゴール直前でエネルギー切れ、ダイビングしながらのゴールで全身擦り傷だらけになりました。
日本は組2位で1分44秒16
組1位のカナダは1分37秒、200m4位Tavitian, Zaven、200m5位Lemassif, Christian、400m5位Sherar, Michael、400m6位Faucher, Serge、全員がM50ファイナリスト。そりゃ強いです。
2組目は、USAとフランスが1分40秒を切り、日本は4位に転落しました。
日本 M50 4x200mリレー 1分44秒16 4位
惜しくもメダル獲得ならずです。